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【実施報告】2020/6/3『セラピストのコミュニケーション能力を養うためのレクチャー』

 本学客員教授である劇作家・演出家の平田オリザ先生による『セラピストのコミュニケ ーション能力を養うためのレクチャー』を、臨床物語学研究センターの主催で開催しました。例年、本学同唱館ステージ上で演劇的手法を用いたワークショップ形式での開催でし たが、今年度は新型コロナウイルス状況のため、オンラインレクチャー形式で実施しました。本学大学院臨床心理学研究科の大学院生と教職員約80名が参加しました。


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 先生はまず、乗り物で乗り合わせた初対面の人に話しかけるかどうかという演劇的設定を用い、文化の多様性について話をされました。そして、本当の意味でのグローバル・コミュニケーションのためには、英語がネイティブのように話せるなどのスキルではなく、 自らとは異なる文化に対する好奇心と謙虚さが肝要であることを語られました。

 次に、コミュニケーションにおいては、コンテクストが重要であることを述べられました。とりわけ、子どもや患者さんのような社会的弱者は、コンテクストでしかしゃべらないので、コンテクストを理解し本当に伝えたい心情を汲み取ることが大切であること、AI はコンテクストを汲み取るのが苦手なので、子育てや教育や看護やセラピーはまだまだ人間がやらざるを得ない領域であることを語られました。コミュニケーションしやすい環境や仕組みを作る「コミュニケーションデザイン」の重要性も語られました。

 話し言葉のカテゴリーの中に、会話と対話があります。会話は親しい人とのおしゃべりで、背景にわかり合う・察し合う文化がある、対話は価値観が異なる相手とのすり合わせで、背景に説明し合う文化がある、と説明されました。セラピーにおいても、当初は会話的な要素が必要ですが、セラピストとは異なる人生を歩んできた他者であるクライエントを理解していくためには、対話的な要素が必要となります。会話が寄り添い、対話が向き合うことだとすると、コンテクストや関係性に応じて、会話と対話のバランスや、その冗長率を適度に操作できるようになることが、セラピストのコミュニケーション能力の一つと言えそうです。

 そのような対話の姿勢は、本当の意味での共感につながっていきます。同情から共感へ 、同一性から共有性へと、先生は提示されました。同情・同一化することから、共感・共有化へ向かっていくことが、セラピストとしても重要であると思います。それが、生身の 他者が寄り添い、向き合うことの意味でもあると思います。

 不登校の子が、いい子を演じるのに疲れた、本当の自分はこんなじゃない、と口を揃えて言うことについても言及されました。タマネギが皮の総体であるように、人格はペルソナの総体ではないか、本来、演じるというのは主体的行為であり、主体的に演じる人格を 形成することが、教育において必要、と述べられました。セラピストになるための修行としては、セラピストの役割を演じるペルソナを作っていくことと同時に、心の柔らかさを持ち続けていくことがtherapeuticであると思いました。

 最後に、先生は、今般の新型コロナウイルスの問題に触れられました。SNS上でのコミュニケーションが希薄化し、凶暴化していることについて、会話はあっても対話は苦手、物理的なHouseはあっても帰るべきHomeがない、Homeに帰れない人がネット上で凶暴化しているんじゃないか、Homelessには同情はあっても共感がない、今回は弱者のいない災害だと、印象的な見解を述べられました。

 今般の状況により、オンラインコミュニケーションが促進され、私たちの領域でもオンラインカウンセリングの可能性を開いていく必要が高まっています。平田先生は、芸術の世界でもNYのメトロポリタンオペラが先駆けてオンライン観劇を行なったが、一層本物が 見たくなったという声が多い、安いネットの世界と高いライブの世界に分かれていくのではないか、と述べられました。これからのセラピーにとっても示唆的です。

 国内外での豊かな経験にもとづく、広く遠い視野を持った平田先生による熱のこもった語りは、セラピストを目指す学生たち、教職員それぞれの心に深く刻み込まれ、これからの新しい時代を生きるヒントを得られる機会となりました。平田先生のお考えの基本にあ る多文化共生は、その中から新しいものが生まれる、まさにcreativeなあり方だと思います。


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 オンラインによる初めての試みでしたが、平田先生とのつながりをダイレクトに感じるとともに、参加者同士のつながりも感じられ、濃密な学びの時間を共有できた、貴重な催しとなりました。新型コロナウイルス下でもみなさんの心を支えられるような活動をして いけるよう、今後もオンラインイベントの開催を試みていきたいと思います。(平尾和之)


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