「臨床物語学」とは

大阪大学に石黒浩先生という人型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者がいる。先生は、ロボットを研究することにより、人間とは何か、を考えておられ、これが先生のメインテーマ。そして今「魂をつくる」ことに挑戦しておられ、そのプロセスはすでに始まっているとのこと。すごいことになってきた。
本年(平成26年)4月より、本学客員教授にご就任いただいた平田オリザ先生は、世界初のアンドロイド演劇(『さようなら』)と、これまた史上初のロボット演劇(『銀河鉄道の夜』)を石黒先生とのコラボで発表しておられる。お二人に底流するテーマは径庭(けいてい)なきものと思われる。
石黒先生はロボットの動きをさらに精緻なものにするため、文楽人形遣いの桐竹勘十郎師匠(本学客員教授)に教えを受けられたとのこと。
文楽の人形は、人形遣いを得ることにより魂を与えられる。動く、ことと魂がそこでつながる。魂は動きのなかにある。
ロボットも「動く」。演劇も「動く」。動きに能動性が働くとき、「魂」を人は感じ取ることができる。受動的に動かされているときはどうか。自分が感じ取れなくなり、心の病、たとえば統合失調症に陥ったりすることもある。
とは言っても、人は常に能動的に動けるわけではない。むしろ多くの場合、受動性のなかで生きざるを得ない。さすれば、そこに「自分なりの能動性」を持ち込むことはとても重要なことである。このことはおそらく忘れられてはならない。
ロボットという存在は「人間とは何か」を問いかけてくるが、もう一つ同時進行的に急速に研究が進みつつある分野がある。京都大学の山中伸弥先生によるiPS細胞に代表される再生医療の分野である。人間の寿命はいったいどこまで延びるのか。身体の病気が消滅してしまう時代もそれほど遠い未来ではないのかもしれない。
人間の本質が厳しく問われる時代に今われわれはいる。石黒先生と山中先生の研究領域を掛け合わせて考えると、人間の存在不可能性という、人によれば目をそむけたくなるような現実があらわれるかもしれない。それでもそこに人間の存在可能性を模索しようとするとき、まったく新しい哲学と物語が必要となってくるであろう。

先ほど、動きと魂のことを述べたが、再び魂とは何か。物語と呼ばれるものこそが、魂の重要な一属性である。
人類は偉大な物語の数々に支えられている。ギリシア神話・北欧神話・聖書・世界の昔話の数々・偉大な文学の数々・・・。それらすべてが、人類を支えている。物語産生能力こそが、人間の本質ではないか。魂の本質は物語である、と言い得る。
臨床物語学とは、魂の学問でもある。この、人類における一大転換期に、「臨床物語学」という新たな視座を人類に持ち込むことの意義は小さくないと考える。

初代センター長 秋田 巌